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連載 『結』  明日香 二十八歳 願いを現実に

『結』  明日香 二十八歳 願いを現実に 


子供の頃は何とも思わなかったけれど、この歳ぐらいになると節目というのが、大切だと感じる。学生であるうちは、よほどの無茶をしない限り学年が自然に上がる。先輩が卒業し、後輩が入学してくるなど確実に環境が変わっていく。学校側が決めた年中行事をこなすうちに、日々が過ぎていくが社会人には「何年生」という明確な区分けはない。
自分が今この仕事や生活を初めて何年になるのか、意識的に考えないと分からない。
でもそれは、ごく普通のこと。であるからこそ、折々の節目というのは大事だなと思う。
花見・新緑・梅雨のあじさい・真夏の海・中秋の名月・紅葉・師走の年賀状。
旬の食べ物にも、その季節ごとの特徴が含まれている。見るもの、書くもの、感じること・・・どれも意識しなければ淡々と過ぎていくものだけに、私は今、これらのものを大事にしたい。いつでも好きな時に見に行けるものではなく、その時々にしかない瞬間。昔の人たちは様々な季節の変化を感じて、言葉を残した。
四季に節目を作りそこへ目を向けることによって、緩んだ気持ちを引き締め、心機一転しやすいようにしたのだろうと、私は思う。

東京で告知を受けてから七度目の春が過ぎようとしていた。
病状は進行していたが、病気を取り巻く環境に変化が訪れた。

◇         ◇         ◇

二○○八年四月。

遂にというか、ようやく遠位型ミオパチーの患者会が発足した。私自身が、直接的に何かを動かしたわけではないが、東京でのオフ会などを主催してくれていた人たちが発起人になり、今、初めて全国規模の患者会が動きだした。当面は、厚生労働省への難病指定認定への署名活動と、治療薬開発のための寄付金を募る活動が主軸になっているが、それ以前に、『遠位型ミオパチー』という病について、広く知ってもらうことが先決だった。
正直なところ、当の本人でさえ、これがどんな病気であるのか完全には理解できていない病気。そんな現状を含めて、この病気の実態について一人でも多くの人に知ってもらうことが先決だと思う。

ほんの数年前までは、私一人の中で、抱えて悩んだり、時には泣いたり、振り回され続けてきた病気であるけれど、今、大勢の人の協力を得て現状打開の方向へ向かって歩み出そうとしている。大学同期の透達にも、署名のお願いをしたところ、「やっと、明日香の周りで環境がそろってきたんだね。知り合い全部に協力をお願いしに回るよ!」と、言ってもらえた。実際ものすごい数の署名が今も集まりつつあるようで、とても嬉しい。

とはいえ、まだまだ患者会としての活動は始まったばかりで、署名の六十万筆という数が集まっても、それがすぐ認可され研究費が下りたり、難病指定に認定されても今すぐの医療費に影響があるわけではない。むしろ薬が完成していない今は、そういった治療を受ける機会もない。まずは治療方法の確立が最優先なのであるが、新薬の開発に際して最低でも必ず一億円という莫大なお金がかかるのが、最初の壁であるらしい。到底民間人にそんなお金が払えるわけがなく、おおかたは製薬会社・企業が何千億というお金をかけて研究・開発・安全性確認のテスト等々の行程を経て、すべてクリアできたものだけが一般の患者の手元に届くという。

最近三十年ぐらいで新薬開発に投資された金額と、実際に認可された薬との比率を見ると愕然とする。本当に「狭き門」だった。とはいえ、不完全で人体に悪影響があるような物が市場に出回るわけにはいかないので、当然のことなのであろうけれど、それでも患者本人の気持ちからからすれば、副作用のリスクを考えて躊躇する人と
「少しでも病気の進行に有用性があるのであれば、今すぐにでも試したい!」と
思う二種類の人に分かれるのではないだろうか。
末期のガン患者の方や、そうでなくても、歳を重ねて老いを感じてきた人が
高額な健康食品の宣伝文句につられて、手を出してしまう気持ちが痛いほど分かる。ちょっとした副作用、それが「金額が高い」という副作用であっても、少しでも身体によい影響があるのならば試してみたくなるのが心情だ。

患者会発足・署名・難病認定・新薬開発・治療効果への期待、もしもトントン拍子に全てが進んだとしても、まだまだ時間のかかる遠い道のりだった。とはいえ、これ以上の近道もなく、今進んでいる歩みが全速力であることも変わりない。


◇         ◇         ◇


相変わらず身体は重たいけれど、初夏を思わせる五月の気候は、外へ出かけたい衝動を駆り立てる。着る服も一枚少なくなり、その意味では身も心もわずかに軽くなる。ほんの少しの日々の変化が、今の私の生活に張りを与えてくれている。一日も早く!と思う心と、私一人だけの力ではどうにもならないことも頭で理解しつつ、私は私の生き方を常に考えていかなければならないと思う。
とはいっても暗く重く考えても、何も変わらない。であれば、毎日の生活をゆるやかに過ごしてゆければ幸せだと思う。
温かいお茶を飲んだとき、スーっと喉を通り体中に温もりが伝わっていく感じ。カップに顔を近づけたとき、鼻にふんわりと感じる香り。昔の自分は知りもしなかった様々なことが、一つ一つの動作をゆっくりにしかできないことで、初めて知った出来事も多い。
不自由なことももちろん多いけれど、そういった感覚は今だからこそ分かる。

人間は一日の内で、自分でも予想しなかった嬉しいことがいくつかあると「今日は幸せだなぁ」と思うらしい。そんなこと、頭で考えたこともなかったけれど、確かにそうなのかもしれない。
最初は、私の身体・私自身の病気ということから始まったことだけれど、今はたくさんの人が、この病気について考え、行動している。
署名をお願いした友人から、
「会社の人にお願いしたんだけど、同僚のおばちゃんが『昨日、テレビでも観たわよ。もう、親戚中電話して書いてもらってきたし』ってすごい量の署名持ってきてくれて、私の方が感激して幸せな気持ちになってしまったわ」と、電話してきてくれたこともあった。
本当に、嬉しいことだし、人の優しさが伝わっていくことと、それを受けていることを常に感じていかなくてはいけないなと思う。
そしてそれは、私一人では知り得なかった「幸せなこと」でもある。



昔は、孤独なことに悲観したこともあったけれど、実際はそんなことなかった。
目には見えなくても、支えてくれている人はたくさんいた。だから、私は私で自分を偽らず、辛いときは辛いと言い人への感謝は今まで以上に感じて、そして、私自身が「この病気は必ず治る!」信じて毎日を過ごしていく。
それが、今、私ができることであり、私と、この病気について共に向き合う全ての人と描く幸せの青写真になると信じている。



ー完ー





【追記】

明日香の物語は、一度区切りを付けます。
ですが、現実の「遠位型ミオパチー」と闘う人々の物語はまだ終わっていません。
今始まったばかりであり、その渦中にあります。

この物語が、遠位型ミオパチーという病気に対する理解を深める足がかりになれることを願います。


著者:林 未来彦

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