連載 第十話  明日香 二十五歳 涙

第十話  明日香 二十五歳 涙


「みっともない」という言葉は、「みとうもない(みたくもない)」が語源だそうだ。
私は、どんなに時間がかかろうと、最低限の身だしなみや化粧もする。
それを止めたら、よくないと私は思う。
人間であり、「いい年の女」でもあるから、自分の腕が頼りなくても身体が動くうちは、着飾る努力はしておきたい。
障害者=何もできない人、というのは偏見だと思う。障害の程度にもよるけれど、結局は当人の気持ち次第。いまだに、夜寝る前になって負の感情を膨れさせてしまい、落ち込むことはあるけれど、なるべく次にある楽しいことを考えることにしている。
そんな「楽しいことリスト」に、近頃は編み物が加わった。指先のリハビリにもいいし、手縫いでできた物の肌触りは柔らかくて気持ちいい。暖かいものが身の回りに欲しくなる頃。

季節は巡り、秋になっていた。

◇         ◇         ◇

今日のリハビリの課題は、ハサミを使って手順の通り折り紙を切っていく作業療法だった。
完成見本も目の前にあり、それと同じように切っていくのだけれど、指先の力がもう、ほんの少ししか残っていない私にはハサミを動かすことも難しい。数年前の私であれば、がさつにササッと切ってしまえただろうけど、今はとてもゆっくりにしか切れない。それゆえに私の作品の切り口は、とても丁寧な線になっていて、担当医が「明日香さん、すごく綺麗にできてますね!」と言ってくれた。
今まで、テレビとかで何らかの障害を持った人が、口とかで字を書くのを見て。「すごいなぁ」と思ったことはあったけれど、なんであんなに綺麗に書けるのか分からなかった。でも、普通の人の何倍も時間はかかるけれど、丁寧にしか鉛筆やハサミを持って作業することができないからなんだと、初めて分かった。全速力で作業した結果が、他の人より、ゆっくりで丁寧なだけ。
けれど、褒められて嫌な気分はしない。これもまた、今の私の全力だった。


ほんの少しのことで浮かれる心をよそに、身体の状態は悪くなる一方だった。
今までは足腰の影響が大きかったが、このところは腕に力を入れるのが難しい。寝起きをするのにも、朝思うように身体が動かないこともしばしばある。今日から明日、急に何かができなくなる、というわけではないのだけれど

(明日の朝、目が覚めてから、ずーと動けなくなったらどうしよう・・・)

などと寝る前に考えてしまって、なかなか寝つけない夜も多い。
昔より、理解も覚悟も深まっているが、得体の知れない恐怖は常につきまとっている。
夜、独り布団の中で瞼を閉じると、身体を動かしていない分、頭ばかり冴えてしまって、そんなことを思ってしまうのだ。それでも、変わらず朝が来て、いつもの終わりも区切りも曖昧な一日が始まる。変化が薄れていくのが、一番精神的に辛い。
だからこそ、外へ出かけることも、ちょっとだけの化粧も、ここ最近はまり始めている編み物の趣味も、大切な区切りになっている。

十一月頃、家の中を壁に両手をつきながら膝立ちで移動している時、腕に力が思いのほか入らなくて、顔から転んでしまった。痛みよりも、床の冷たさと堅さが伝わってきて、悔しくて悔しくて涙がこぼれ落ちた。
今まで一生懸命、病気の進行を和らげるために努力してきた。けれど、どんなに努力しても、その努力が報われない。むしろ、どんどん悪くなっていく。勉強や剣道、楽器などで、努力してもそれ以上伸びないということはあっても、練習して努力しても落ちていくスピードに追いつくことができないのに、それでも落ち続ける自分自身と向き合わなければならないというのは酷すぎる。
なんで自分がこんな目に合わなくてはいけないのか、考えても仕方がないのに頭は同じことばかり考え続けて、できていたことができなくなることが、とても情けなくて悔しくてたまらない。


「ア・・・ ア・・・アァーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁ・・・!!!」


今度は声を出して泣いた。
初めは滲むような涙だったが、一度決壊した感情は抑えきることができなかった。泣くことに疲れてしまうまで、床に顔をこすりつけた格好のまま、誰もいない家の中で、独り、泣き続けた・・・。


・・・・・・何年分の涙を流しただろう。
涙だけではない、色々なものを今まで溜め込みすぎていた気がする。これからはもう少し、周囲の人に甘えていこう。とりあえずは理学療法士の山咲に愚痴を聞いてもらおう、というのが頭に思い浮かんだら、少し気持ちが軽くなった。


心が落ち着いても、顔にできた大きなたんこぶは、すぐには治るわけではない。誰でも、こんな顔で人に会いたくない。けれど週一回のリハビリは行かなくてはならなかった。案の定、私の顔を見るなり山咲が寄ってきて、

「あぁ!どうした、明日香? それ、どこでやった!?」

「恥ずかしいんだから・・・、そんなジロジロ見ないでよ。
・・・家で、膝立ちしながら歩いてたんだけど、腕に力が入らなくて。」
下を向きながら、答えた。

「そうか・・・。でも、外とか、もっと変な場所打たなかったのは良かったな。
  部屋の中にも、手すりをつけるとか何か方法を考えていこう。」
ただのちょっとした怪我ではなく、身体の危険信号である。
理学療法士は、患者自身が「今できる動作は何か」ということを判断して、身体を怠けさせず、かつ無理をさせない動作を指示する。けれど、判断を見誤ったら患者に怪我をさせてしまう。山咲自身も動揺しただろう。
その後、いつものように身体のリハビリをしながら、会話をした中で気になる話題があった。山咲が話していたのは「国の特定疾患」についてだ。いわゆる『難病』というもので、調べてみると「病気の原因が不明で、治療方法が確立していなくて社会復帰が極度に困難もしくは不可能で、医療費も高額、経済的な問題や介護等家庭的にも精神的にも負担の大きい疾病で、その上症例が少ないことから全国的規模での研究が必要」であるという。国に、そんな基準があったことも今まで知らなかった。まさに、私の遠位型ミオパチーも『難病』にあたるようだけれど、その対象にはもちろんなっていなかった。
山咲は、「国の特定疾患に認定されれば、今よりは状況がよくなるかもしれない。けれど、それが認定されるかどうかは、とても難しい」ということだけ教えてくれた。確かに、今すぐ私一人がどうこうできる問題ではなさそうだった。とはいえ、ほんの数十年昔のコレラや赤痢も難病だったという。今では治療方法も確立されているが、昔は不治の病だった。

いつか遠位型ミオパチーの患者達が集まって国への要望書を提出すれば、大きな変化が起こせるかもしれない。実は、以前から今後の医療と補助金について、市町村の保障がどの程度あるのか、山咲に調べてもらっていた。その調査の過程で分かったことだと彼は言ったがとてもいい話が聞けた。

今まで、何一つ希望を持てるものがなかったけれど、ここから何かを変えていけそうな期待が持てる、小さな光が見えた気がした。



(第十一話  明日香 二十六歳 同志 に続く