連載 第四話 明日香 二十歳 新・成人

第四話 明日香 二十歳 新・成人

大学も二年目にもなると慣れたものだ。朝起きるのが辛いので必修科目は仕方ないが、できる限り一限目には授業を入れないようにしている。
試験直前になって、急いで友人に借りたノートをコピーしている落第点ぎりぎりの学生が長蛇の列をなしている場所を避けて、待ち時間ゼロのコピー機の在りかも知っているし、お気に入りのくつろぎスペースも見つけた。自炊はあまり得意な方ではないが、限られた仕送りの中、家計には代えられない。下宿近所の安いスーパーで商品を目利きする力も身についたし、クラブ活動帰りに友人とダラダラしゃべりつつ、ゆっくりできる定食屋も数件候補があるから、食事に関する不満はない。

そう。中学入学以来長年の夢(?)であった吹奏楽部に入部した。重量が軽い!のは大事な要素だが、何より音色が好きなフルートを担当することができたのは嬉しい。やはり、幼少期に祖父に散々クラシックのレコードを聴かされていた影響はある。でも、クラシックが好きかというとそれだけでもなく、仲間と一緒に音を出して一曲を演奏するのは、団体戦もあったが、結局は個人競技の剣道よりも断然楽しかった。吹奏楽にもコンクールという「大会」があるらしいが、うちの大学のようなのんびりクラブには縁のない話なので、この歳になって楽器を始める私にはちょうど良かったと思う。
東京の大学ならさぞやイイ男が !? と期待していたが、目を見張るようなカッコいい男子は見あたらなかったが、とにかく私の大学生活は充実していた。
落ち続ける体力を除いては・・・。

◇         ◇         ◇

女子大生の鞄は、わりと重い。必要最低限に押さえても、化粧道具・財布・携帯・授業の教科書・図書館で借りた本・入学時に購入させられた「移動型デスクトップ」と言ってもいいぐらい重いノートパソコン。たまに、フルートも入ってくる。毎日ではないけれど、だいたいこの中身が入れ替わりながら必要になる。
講義が終わり、講義室から次の講義室へ移動する時、イスに置いた鞄を持ち上げるにも、ちょっと気を引き締めないと辛かった。握力や腕力、背筋などの部分で日常生活に支障が出始めていたんだと思う。遅刻厳禁の語学の授業に遅れそうになり、小走りをすることもあったが筋肉痛を通り越して股関節がすごく痛くなるようになっていた。とても数年前まで、運動系のクラブにいたとは自分でも思えない。

大学二年の正月は実家に帰らず、友人と短期バイトをすることにした。学内の掲示板に募集告知があった、近所の神社の巫女さんバイトだ。ちょうと二十歳を迎える年だったし、人生でそう何度もできるバイトではない。白と朱の着物も着てみたかったので、軽い気持ちで応募した。
「座って笑顔を振りまいているだけで、ラクそう」という先入観は完全に間違っていた。想像以上の重労働で、座ったり立ったりの移動も多い。なにより寒い。
連れの友人も後悔しているようだが、根が真面目な子なので黙々と仕事をこなしている。一日目はなんとか終えることができたが、二日目以降は全くダメだった。友人にわがままを言って座り業務だけして彼女に重労働を全部やってもらった。ふくれっ面をしながら彼女は汗だくになっていたが、夕ご飯をおごることで勘弁してもらった。
私は、正座というか膝を曲げた状態から、床や膝に手をつかずには立ち上がれなくなっていた。ちょっと前までなら普通にできていたことだからそんな動作について考えたことはない。けれど身体は「このままでは危険」というサインを出していて、意識的に手を支えとして使うようになっていた。

(ちょっと、おかしいよな〜・・・。全身を使わないと、立ち上がれないなんて。)

一瞬、頭をそんな思いがよぎることはあったが、いまいち何をしたらいいか分からない。
(ウォーキングとかした方が、いいのかなぁ?でも、そんなおばちゃんくさいの嫌だな〜)
と思ってしまうあたりが、まだ二十歳になりたての生意気な娘だった。

やっとのことで、バイトも終わり地元で開かれる成人式に出席するために遅い帰省をした。田舎の成人式は、ちょっとした同窓会でもある。中学卒業以来、会っていない人ばかりで、既に母になっている同級生もいた。皆、振り袖やスーツで大人になった自分のアピールに一生懸命だ。私も母が用意してくれた振り袖姿だったが、全体の写真撮影が終わると
すぐに疲れてしまって、早々に壁際のイス席に落ち着いていた。

(高いヒールの靴、最近履いてないなぁ・・・)と思った。

去年の夏ごろは可愛いミュールが流行って一足購入したが、ある日階段から派手にこけそうになって、それ以来怖くなって下駄箱の奥にしまってある。わりと値段も高かったのが悔しい。最近は、スニーカーもデザインよりも、軽い靴重視で選んでいる。軽くてクッション性もよい靴も探せばあったけれど、選択肢は少なかった。本当はもっとオシャレなサンダルとかミュールを履きたい。でも、がんばってヒールの高い靴を履くと爪先を引っかけて転びそうになることがあったので、歩くこと自体が危険になってしまい、次第に履かなくなった。
社会的にも解禁になったお酒を飲んだりしながら、仲の良かった友達と思い出話をしながら時間が過ぎた。ワイドショーでは荒れる成人式の話題で持ちきりだったが、おとなしい式典だった。終演時間が来て、

「次、いつ会えるかな〜?」

「また夏休み、帰ってくるね。そしたら絶対会おうね!」

「就活もそろそろしないといけないんだよね〜・・・、また連絡するね!」

そんな会話が聞こえる。そうか、もうそういうことも考えていかないといけないのかぁ、と思った。この間、大学に入学したばかりだと思ったのに、もう二年も経とうとしている。
卒業する頃、もっと体力落ちてたらどうしよ・・・などとほろ酔いの頭で考えていたら、いつのまにか会場まで向かえに来てくれていた母の顔を見つけ、友人達に別れを告げて、母の運転する車に乗り家路についた。

家に帰り着くなり、慣れない重たい着物を脱ぎながら、母に最近の体調についてぽつりぽつり話した。

「とりあえず、近所のお医者さん行って一度診てもらいなさいよ」と母は言う。

まぁ、それもそうかと東京の下宿先に戻った翌日、近所の外科へ診察を受けに行った。(何事もないといいなぁ)と思ってはいたが、疲労と軽い炎症という診断で、飲み薬と湿布だけ渡された。でも、それはそれでいまいち納得ができなかった。このところ、ちょっと歩いただけで股関節の痛みの度合いが尋常でなかった。
結局、本郷の大学病院へ行った。初診ではどうにもわからないらしく、春休みを利用して検査入院をすることだけ決めた。まだ年が明けて三週間が過ぎた程度。病院の帰り道、どんよりした灰色の雲がかかった動物園の脇を通り、駅へと歩いた。人間だって冬眠していたいぐらい寒い日だった。

春休みなんて、随分先のように思えた。


(続く