連載 第六話 明日香 二十二歳 道具

第六話 明日香 二十二歳 道具


二○○X、春。

学生生活も残り一年。
色々なことが総仕上げの時期を迎えている。この三年間の音楽生活の集大成は、学内で開いた定期演奏会で全て披露した。演奏について反省を始めたらきりがないけれど、三年前に全くの素人から始めたわりに、すごく上達したと思う。
フルートは『綺麗なお嬢さんがおしとやかに軽快に吹いている』イメージだったけど全然違った。腹筋と背筋で姿勢を保持しつつ、両腕を不自然な格好で上げたまま鼻の下を伸ばしたような表情で歌口に息を吹き込むから、決して演奏中の写真とか見たくない。演奏会の記録をビデオ録画していたようだけれど、「そんなアップで寄らないでー!」と、ずっと思ってた。世の中、先入観で捉えたイメージと現実が違うことって多いんだなと思う。

きっと私の病気のこともそうなんだろう。遠位型ミオパチーという病気を知らない人・分からない人にとっては、すごく奇異に見えているかもしれない。春とはいえ、朝晩はまだ寒く、足が冷えるとつま先が持ち上がらなくて、ものすごく歩きにくくなる。つま先が動かないから、自然と太もものあたりから足全体を「ヨッコイショ」と前方に運び出すようにして歩かなくてはならない。この調子では、普通のペースで歩けなくなっていたし、長距離の移動は本当に無理になってしまった。歩くよりも、自転車に乗ってペダルをこいでいる方が、断然楽で、学内のちょっとした距離でも自転車を使うようになっていた。前方に見えている講義棟へ歩いていこうとしたら、席に着くまで何分かかるだろう?ということを逆算してトイレに行ったり・・・。
とにかく、誰にもそうは見えなかっただろうけど、本人はのんびり歩いているわけではなくて、それが全力で歩いている結果なのだ。

車イスについても一時期考えたが、まだ早いと判断して少し先送りした。
この病気のルール=できるだけ動かせるうちは筋肉を動かす、を守らなくてはならない。今車イスを使い始めると、もう足を動かす機会が激減してしまう。幸い、遅いとはいえ私の足は動く。ただ、このところは何も支えなしで歩くのも怖くなってきたから、軽量の杖を使うようになった。


八月。

学生生活最後の夏休みの頃、いよいよ自転車で移動するのが危険になってきてしまった。乗り降りの時に、こけそうになるし、筋肉が失われていくというのは、身体の中心を取るバランス感覚を保つことも困難になる。まだお座りもできない赤ちゃんを無理に起こしても、後ろにコテンと倒れてしまうのに似ている。さすがにそこまでひどくはなっていなかったけれど近い症状や、「あ。危ない。」と思うことが増えた。

この前の春休みに教習所を卒業できて良かった。大学を卒業して実家に戻ってからも、しばらくは車での移動をしなければならないし、必要な「道具」だった。AT車のブレーキとアクセルの踏み替えぐらいは、特に負担も感じずに扱うことができるので、乗り込んでしまえば楽な乗り物だ。好きな音楽を聴きつつ、友人を乗せて、少し遠出をするのは楽しい。
山に囲まれ海が広がる典型的な田舎風景の地元の町が、ドライブ中はまた違う表情に見えてくるから不思議だ。
子供の頃のように、海に潜ったりすることはできなくなったけれど、山の上から見る水平線の一本線の通った美しさは「地元・再発見!」という感じだった。いずれ自分の思い通りに行きたいところに行くことはできなくなるということが分かっていたのかもしれない。
だから、若葉マークをつけながら、車でとにかく行きたいところに行った。足をつけて、その地に降りなくてもいい。行きたいところに舵を切る。そんなことがすごく楽しかった。

次の春には私は大学を卒業して、地元の商社に勤めることが決まっていた。長年の夢叶って始めたフルートは、もう触っていない。上達しつつあったし、できれば趣味として長く続けたかったが、もう演奏姿勢を保つことが困難だった。右手の握力が五㎏、左が三㎏。
他のどの管楽器よりも軽いフルートのキーを押す力が無くなってきていた。

身体が動かしにくくなった分、季節の変化や朝と夜の雰囲気の違いに敏感になった。
他の所の神経ばかりが尖っているみたいだった。明るい日中はいいのだけれど、夜布団に入ってから寝付けない。目を閉じると、これから先どうやって生きていったらいいのだろうと考えてしまう。

仕事は、やるからにはできるかぎり長く勤めたい。けれど、相変わらず先行きは不透明なままで、考えても答えが出るものではなかった。徐々に進行している病の状態だけが、皮肉にも生きている実感として伝わってくる。確実に去年の今頃より進んでいる。悪くなることはあっても、今以上に状況が改善することは百パーセント無いという事実。仕事もなんとか決まったものの、近頃の筋力の衰え具合はすごく早く感じるし、来年の春、一体自分の身体がどれぐらいの状態になっているのかも分からない。
社会は学校とは違って、退職するまでずっと続くものだ。毎日通勤するだけでも精一杯になりそうだし、でもそんなことじゃ仕事として成り立つわけがない。第一、そんな私がいても足手まといになるに決まっている。

答えの全くない堂々巡りと焦燥感は、次第に昼夜問わず頭をもたげるようになった。
薬があって、これ以上進行しないで、せめて今の状態のままいられる、ということならば、まだ自分自身の心のがんばりでやっていけるかもしれないけれど、そんな薬も希望も、現実には皆無だった。
一度考え出したら終わりがなくて、外が白じむまで寝付けない夜が続いた。

(もう少し、もう少しだけゆっくり進んで欲しい。私の身体、「私」を置いていかないで)

ただ、心の底から願うことしかできなかった。


(第七話 透 二十一歳 懐かしい日々 に続く