つれづれなるままに文月

30数年過ごした実家が関西に移り、はや1ヶ月。
"実家"と呼ぶことの違和感も、だいぶ薄らいできました。
自宅から”実家”へは、電車に揺られること約一時間。

新しく実家になった、その場所は、自分自身が大学生時代に過ごした町の
ごく近所です。
10数年経て、またこの土地に縁ができるとは思いもしませんでしたが、
心の奥では懐かしく、それでいて新鮮な感覚が有り、
道中の風景も、隅々まで楽しんでしまいます。

梅雨どきにもかかわらず、今日は暑い一日でした。
けれど広大な団地群の中は、木々が生い茂り、日陰を抜ける風は
涼やかです。

思えば、自分自身が関西に出てきてからの縁が連なり、重なった上での
この選択でした。
一つ、一人かけても、この状況は訪れなかったでしょう。

引越のダンボールが全て片づけられた新しい実家は、
たしかに自分の知っている家でした。
正確には、自分の知っている家具たちと、両親がそこにいるから
実家になるのですね。
住む場所、空間が変わっても、それらがそこに居てくれるから
実家になるんだ、と当たり前のようなことを頭の隅で思いながら
ゆるりとした時間を過ごせました。

陽も落ちかける夕刻。
駅まで僕の荷物を自転車の荷台に載せて送ってくれる父と
お互いの眼に入る風景、感じる風について感想を
話しながら歩いた10数分。
そんな時間がとても貴重で、何年か時間が経っても覚えているであろう
今日という時間でした。

写真が撮れなかったのは、感じた感覚を覚えておくため。

少し、長い文章を書いてみようと思う2014年の7月。
今日から、またスタート。