第一部クラシック 第二部ジャズ という異色なピアノリサイタルイベントに行ってきた。 クラシックがある時点で、何人かが居眠りをするのは 予想されていた事態。 案の定、開演10分もすれば舟をこぎ出す人が数名。 ここまでは、まだ予想の範疇。 カップルで来て、映画館と間違えているのか 隣の男の肩に頭を載せる女。 それを咎めることなく許す男。 曲のテンポと関係ないテンポで、イスをきしませるほどリズムを取りまくる人。 超絶技巧のクラシック楽曲のクライマックスで 配布されたパンフをお構いなしに1枚ずつぺらぺらめくりながら読む男。 (それを二席離れた男性が腕を伸ばして咎めて止めさせていた) すべて僕の席、前方3m以内で起きていたこと。 こういうことを言うと、 「だからかしこまった雰囲気の音楽は困る。好きじゃない。格好つけて肩が凝る」と 言う人もいるかもしれない。 だけど、僕はそう思わない。 どんなことにも、最低限のルールがあるはずだ。 結婚式に新婦以外が、白のドレスを着ていくことはない。 お葬式に赤い小物を持っていくこともない。 着物姿で牛丼チェーン店に入っても良いが、泥酔状態では断られる。 Tシャツ&ジーンズで有名ホテルレストランには入れないかもしれない。 少し前までは、 「おれは客だ。客が金を払っているんだから何をしてもいいだろ」的な 人が居た気がする。 けれど、上であげた3つのパターンは、どうもそれとも違う。 ”個の楽しみ”と間違えている気がする。 家で一人でテレビを見ている 家で一人でネットを見ている そこが公共の場所であり、たくさんの人が集まって一緒に鑑賞するホール であることを忘れて、演者対自分という関係しか気づけていない、 とまで思う。 ありがちな『責任論』を持ち出せば、教育不足でしかない。 そして、遊び不足だろう。 パーソナル空間になりきれる、PC・ゲーム機・携帯電話など どんな公共の場所であろうと、自分だけの世界に没頭する人が 増えて、それを黙認する環境が整った。 その反面、落語・スポーツ観戦・Liveなど、 大衆、集団心理が働く場所での遊びの機会が減...